東京高等裁判所 昭和27年(う)3049号 判決 1952年12月11日
控訴人 被告人 鈴村清太郎
弁護人 東海林民蔵
検察官 大越正蔵関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人東海林民蔵の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面記載のとおりである。
第一点(一)-(五) 窃盗罪は他人の実力支配内に在る物を自己の実力支配内に移し排他的に之を自由に処分しうべき状態に置くことによつて完成するものであることは既に判例の存するところである。而して記録によると被告人は判示田中孝四郎方の座敷の箪笥等の内から判示モーニングその他の衣類を盗み出しこれを被告人が持参した南京袋に詰め麻紐で荷造りしたがその頃田中祐美子が帰宅して発見されたので右袋をそのまま同家の勝手口に置き去りにして逃走したものであるから本件窃盗行為は既遂の域に達したものと認めるのが相当である。蓋し盗品が未だ所有者の住居内に存する一事を以つて所論の如く未遂なりと断ずることは相当でない。二者区別の要点は当該盗品に対する所有者の実力支配が仮令一時的にせよ失われ犯人が排他的に該盗品を自由に処分しうべき状態に置いたか否かの点に存するからである。故にこの区別のためには盗品の種類、性質は勿論住居の模様等もこれを度外視することはできない。本件盗品は衣類であり且つこれらの物は既に被告人が予ねて用意持参した南京袋に詰め終り麻紐まで施し勝手口まで運び出した瞬間に発見せられたものであるからこれらの物は既に所有者の実力支配の域を脱し被告人の実力支配下に入り被告人がこれを排他的に自由処分しうべき状態に置いたものと言わざるをえない。従つて更にこれを被害者方の屋外に持ち出さなければ既遂を以つて論ずることは無理であるという所論は容認できない。これと同一見解に出でた原判決には所論の如き法の解釈、適用を誤つたと認むべき点はない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 渡辺辰吉 判事 鈴木勇 判事 河原徳治)
弁護人東海林民蔵の控訴趣意
第一点第一審判決は法の適用を誤つたものでその誤は判決に影響を及ぼすこと明かであるのみならず刑の量定も不当である。
(一)第一審判決はその理由において「被告人は田中孝四郎所有の黒ラシヤ製モーニング三ツ揃一着外衣類二七点を窃取したものである」旨を判示し之を処罰するに刑法第二三五条を適用して居る。即ち窃盗の既遂犯を以て処断して居る。
(二)然るにその証拠として採用する被告人の第一審における供述に依れば(一)「丁度某家(被害者宅)の奥様が鍵をかけて外出しようとして居る処へ私が其家の前を通つたのです。それで遂悪心を起し奥様が出て行つてから入りました」「箪笥から衣類を取出し、それを台所の処まで運び其処で南京袋に入れて居る処へ奥様が帰つて来たので衣類を其の儘其の場に置いて逃げました」とあり、猶採用された他の証拠である被害届及田中祐美子供述調書の記載に依ても亦この事実を裏書するに足りる。
(三)即ち本件は(い)被害者が午前九時四十五分頃から同十時十五分頃迄の僅か約三十分間位其住所を留守にした間に行われたものであつて(田中祐美子供述)、(ろ)又犯人が其被害物件たる多数の衣類を被害者の住所たる家屋から其屋外に未だ持出さない間に被害者の家人が帰宅したので該物件を其儘其場に置いて逃走したものであり、(被告人及田中祐美子供述)、(は)未だ被害物件に対する被害者の占有を排除して被告人の占有内に収めるに至つたものではない。
(四)窃盗罪が既遂の域に達するには財物の占有者の支配を排除して之を自己の占有内に収める事が必要である。而して人の住所は一時留守にした場合でも其居住者の支配力が依然及んで居ると観るべきであるから通例の場合(被告人の身辺不可侵の関係上屋内に在つても其財物に対する居住者の支配を排除したものと認められるべき特殊例外の場合は格別として)は犯人が財物を屋外に持出さなければ窃盗の既遂を以て論ずるのは無理である(昭和二四年(を)新第三四三号同年十二月十日御庁第十二部判決)。
(五)従つて本件は未遂を以て論断し刑法第二四三条を適用すべきものであるのに拘らず第一審が既遂犯として処罰したのは法の解釈、適用を誤つたもので之は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
(その他の控訴趣意は省略する。)